セラピストは治す存在ではない|あなたが自分を癒すのを導く存在である

セラピストはあなたが自分と向き合い、自分を癒すのを導く役割を持っています。この手がそれの象徴です。

「変わりたいです」

これは、セラピストをしていると本当によく耳にする言葉です。

苦しさから抜けたい。

楽になりたい。

今の状態を終わらせたい。

その気持ちは、とても自然で、責められるものではありません。

ただ、少しだけ立ち止まって見てみると、

多くの人が「変わりたい」と言いながら、「変わるときに伴う痛み」だけは引き受けないまま、答えを外に探し続けていることに気づきます。

対処療法も、根本療法も、間違いではない

病気や不調が出たとき、薬で症状を抑えること。

東洋医学や自然療法で体質改善を目指すこと。

どちらも大切ですし、必要な場面はたくさんあります。

でも、それらをどれだけ重ねても、なぜか同じところに戻ってきてしまう人がいる。

それは、「身体の奥にある声」

もっと言えば、自分の中で見ないようにしてきた部分が、まだ置き去りになっているからかもしれません。

見たくない自分を、どこへ置いてきたか

・腹黒いと感じている自分

・素直になれない自分

・妬んだり、羨んだり、拗ねている自分

・「こんな自分じゃダメだ」と否定してきた部分

私たちは、そうした自分を

「治す対象」「消すべきもの」として扱いがちです。

そしてその役割を、セラピストに、お医者さんに、誰かにそっと預けてしまう。

それ自体が悪いわけではありません。

ただ、丸投げしてしまうと、自分と向き合うタイミングがどんどん後ろにずれていくのです。

まるで、支払いが苦しくてリボ払いに切り替えた借金のように。

今は楽でも、いつか必ず、まとめて向き合う日がやってきます。

セラピストができること、できないこと

だから私は思うのです。

セラピストは「治す存在」ではない。

あなたが自分を癒すこと、自分を取り戻すこと、自分と対話すること

その入口まで、一緒に歩く存在なのだと。

扉を開けるのは、あなた。

中に入るのも、あなた。

感じるのも、決めるのも、あなた。

私は、横で灯りを持っているだけです。

変化は、地味で、つまらないところから始まる

じゃあ、どうすればいいのか。

特別なことは、ほとんどありません。

・今日の自分の呼吸を感じる

・今、体が緊張しているかを観察する

・なぜその言葉を選んだのかを少し眺める

・反射的に動いた自分を責めずに見る

正直に言うと、

つまらないし、地味で、面倒くさいです。

でも、それを避け続ける限り、私たちは一生

「キラキラした解決法」

「次のセラピスト」

「次のメソッド」

を渡り歩くことになります。

本当に治したいのではないのかもしれない

少し厳しく聞こえるかもしれませんが、多くの場合、「治したい」のではなく、

「今の自分を手放したくない」だけなのかもしれません。

変わるということは、今までの自分が正しかった、という物語を一度、手放すことでもあるからです。

今までの自分を否定することでもあるのです。

それは怖い。

だから、無意識に避けてしまう。

それも、人間らしさです。

目を覚ます、ということ

目を覚ますとは、急に悟ることでも、何かを達成することでもありません。

ただ、「今の自分を、今のまま見る」

それを始めること。

セラピストは、その伴走者です。

癒しは、あなたの中にあります。
ゆっくりでいい。
何度立ち止まってもいい。

でも、自分から目を逸らさないことだけは、やめなくていい。

その選択が、一番やさしく、一番確実な癒しへの道だと、私は感じています。

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