病気は心と身体からの愛の信号

ベッドの上で力を抜いて横たわる女性。心と身体が限界まで頑張り、病気や不調が愛の信号として現れる瞬間を象徴するイメージ。ストレスや緊張、心身の疲労と向き合い、休息と回復の大切さを伝えている。
ベッドの上で力を抜いて横たわる女性。心と身体が限界まで頑張り、病気や不調が愛の信号として現れる瞬間を象徴するイメージ。ストレスや緊張、心身の疲労と向き合い、休息と回復の大切さを伝えている。
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病気は、最大の愛としてやってくる

今日は少し、一般的な「病気の捉え方」とは

違うお話をしたいと思います。

それは、病気は敵ではない

病気は間違いではない

という視点です。

むしろ僕は、病気は心と身体から届く、愛の信号だと感じています。

病気は「氣の病」と書く

昔から日本では、病気は「氣の病」と書かれてきました。

これはとても的確な表現だと思っています。

氣は、本来流れるもの。

川や沢の水のように、滞りなく流れているとき、水は澄み、生命を育みます。

でも何らかの理由で流れが止まり、溜池のようになると、水は淀み、やがて腐っていきます。

人の身体も同じです。

氣が流れなくなると、そこに違和感や症状として「病気」が現れます。

氣が滞る理由は、心の状態にある

では、なぜ氣は滞るのか。

僕が自分自身を含め、

たくさんの人を見てきて感じるのは、その多くが 心の状態 と深く関係しています。

・〜しなきゃ

・〜するべき

・こうあるべき

・期待に応えなきゃ

そんな 0か100かの思考 の中で、本当はしたくないことを無理に続けている。

他人軸で生きている。常に不安や緊張を抱えている。

そうやって心が疲れ、本音を押し殺し続けると、氣は少しずつ滞っていきます。

身体は、心の状態を「症状」で教えてくれる

心が限界を迎えても、多くの人はそれに気づきません。

だから身体が、物理的な症状 を使ってメッセージを送ってくれる。

「ちょっと立ち止まって」「本当は違うよ」「もう無理してるよ」

それが、痛みだったり、不調だったり、病気という形で現れます。

でも多くの場合、僕たちはその症状を愛の信号として受け取らない

むしろ、

・早く消したい

・なかったことにしたい

・異物として排除したい

そうして、すぐに薬や対処法を探しにいきます。

東洋医学でも西洋医学でも、そこはあまり変わりません。

「症状を止める」「症状が出ないようにする」ことに意識が集中してしまう。

症状と向き合い始めると、身体は変わる

でも僕は、自分の体験を通して確信しています。

症状と向き合い、「これは自分からのメッセージだ」と受け取ったとき、身体は自然と変わり始める。

ここからは、僕自身の体験を正直に書いてみます。

体験談① 6年以上続いた便秘が教えてくれたこと

僕はかつていわゆる健康オタクでした。

ビーガン、ベジタリアン、ケトジェニック、ほぼ完全肉食、オーガニック至上主義。

ありとあらゆる情報を信じ、身体を「正しく管理」しようとしていました。

その間、6年以上、慢性的な便秘 に悩まされていました。

お腹が張り、食べていないのに膨れ、常にどこか痛い。

でも当時の僕は、それを「改善すべき不具合」としてしか見ていませんでした。

本当は、「これが食べたい」「あれが食べたい」

そんな心の声はいつもあったのに。

それに蓋をして、正しさを優先していた。

便秘は、もっと自由に食べたいという心からの愛のメッセージでした。

食べることを、自分に許した日

ある日、僕は決めました。

添加物があってもいい。

オーガニックじゃなくてもいい。

小麦粉でも、揚げ物でもいい。

「美味しく、ありがたく、食べたいものを食べる」

そうやって自分に許可を出した瞬間。

便秘は、驚くほどあっさり消えました。

本当に、すぐでした。

あぁ、お腹はずっと僕に伝えてくれていたんだなと。

今は、ゆるナチュラルな食生活です。

自炊するときは自然なものを、外食は食べたいものを。

それが、こんなにも幸せなことだったなんて。

体験談② 傷口が閉じない湿疹が教えてくれたこと

次は、足首から始まった傷口が閉じない湿疹 の話です。

これは、人生で二度経験しました。

①「人間関係に縛られるのをやめよう」という愛の信号

一度目は、師弟関係と恋愛関係が同時に重なっていた時期でした。

頭では「正しい」「そうするべき」と思い込んでいたけれど、心はずっと違和感を感じていた。

でも、人をがっかりさせたくなくて、自己犠牲を選んでいました。

その結果、足から湿疹が始まり、数ヶ月で全身に広がりました。

とにかく痒くて、夜も眠れないほど。

その時間を使って、僕はひたすら「何もしない」ことを選びました。

自分と向き合い、心の声を聴いた。

結果、パートナーとも、師匠とも別れる選択をしました。

すると、湿疹は自然に瘡蓋化し、消えていきました。

②「家族の期待で自由を縛らないで」という愛の信号

二度目は、家族の期待に応えようと生き方を制限しようとした時。

その時も、足首に同じような湿疹が現れました。

最初は責めました。

「なんでまた…」と。

でも今回は分かっていました。

これは敵じゃない。

愛の信号だ、と。

向き合い、心の声を聴き、旅するセラピストとして生きることを選び、家族とも一度距離を置きました。

すると湿疹は消え、今の鎌倉・湘南での生活へと自然につながっていきました。

病気は、最大の愛の伝言者

こうして振り返ると、僕の人生の大きな転換点にはいつも症状がありました。

病気は、僕を不幸にするためではなく、幸せな方向へ戻すため にやってきてくれていた。

病気は、最大の愛の伝言者。

そう、今は心から思っています。

最後に

湿疹くん、ありがとう。

僕のお腹、ありがとう。

僕の心と身体、ありがとう。

大好きだよ。

ありがとう。

この文章が、誰かが自分の身体を少しだけ優しく見つめるきっかけになったら嬉しいです。

本記事は医療行為や診断を否定するものではなく、必要に応じて医療を大切にしながら、心と身体の声にも耳を傾ける視点をお伝えするものです。

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